1. コムギにおける発現遺伝子の網羅的解析

 コムギとその近縁種であるエギロプス属植物との核・細胞質雑種がパンコムギを核親としてすべてのエギロプス属植物の細胞質について作出されています。これらの核・細胞質ゲノムの相互作用が詳細に研究されています。このような植物システムは他に類例をみません。細胞質ゲノム(プラズモン)の遺伝的効果を分子的に研究するためにオルガネラゲノムの構造と機能を解析しています。

 イネ科植物では、オルガネラは母性遺伝をするといわれています。構造が比較的単純なため、葉緑体DNAの構造解析からコムギ・エギロプス属植物をモデルにして近縁な植物における葉緑体DNAの進化の様相を明らかにしました。パンコムギの葉緑体全塩基配列を決定しました。葉緑体DNA全体の構造は、イネ、トウモロコシ、コムギで基本的に保存されていましたが、変異領域も見つかりました。そのうち、超変異領域であるマイクロサテライト(SSR)がコムギ葉緑体DNAでは24ヶ所に見出されます。これらのSSRを指標にしてパンコムギの栽培化の地をトルコ東部に特定することができました(これは神戸大学との共同研究です)。つまり、人類の祖先(イブ)が食べたパンの栽培起原地を特定したことになります。葉緑体DNA、核DNAを指標にして栽培植物の進化の研究を展開しています。

 被子植物のミトコンドリアゲノムは複雑な構造をとります。パンコムギにおいてミトコンドリアDNAのマスターコピーの全塩基配列を決定しました。この配列に基づいて種々のミトコンドリアDNAの変異体の生成機構の分子的解析を行いました。葉緑体遺伝子と異なり、ミトコンドリア遺伝子はコムギ・エギロプスといった近縁植物間でも構造が変異します。近年、ミトコンドリアが支配する生理機能異常が多数、報告されています。植物では、細胞質雄性不稔を除いて、ミトコンドリアが制御する生理機能異常の分子的機構はほとんど明らかにされていません。コムギ・エギロプス属植物の核・細胞質雑種を用いてミトコンドリア遺伝子の発現調節異常が植物体の表現型に及ぼす影響の分子的基礎を研究しています